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前橋地方裁判所 昭和39年(行ウ)6号 判決

群馬県多野郡新町二、二七一番地

原告

土井武男

同県藤岡市藤岡字北の原八三四番地の一

被告

藤岡税務署長

番場三作

右指定代理人大蔵事務官

篠義一

志村忠一

泉恭二

法務大臣指定代理人

法務省訟務局第五課長 横山茂晴

法務事務官 飯塚実

右当事者間の昭和三九年(行ウ)第六号所得税更正処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一原告の請求の趣旨、原因

原告は、「一、被告が昭和三七年九月一〇日原告に対してなした昭和三四年分、同三五年分、同三六年分の各所得税青色申告承認の取消処分はこれを取り消す。二、被告が昭和三七年九月二四日原告に対してなした昭和三四年分、昭和三五年分、昭和三六年分の各所得税更正処分(ただし、昭和三五年分は再更正処分。)はいずれも右各更正処分に対して昭和三九年九月一五日なされた審査決定によりそれぞれ取り消された部分を除くその余の部分を取り消す。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は所得税の申告につき、青色申告提出の承認を得ていたものであるが、昭和三四年度、同三五年度、同三六年度にかかる所得について被告に対し(青色)確定申告をなした。

二、被告は原告に対し、昭和三七年九月一〇日、昭和三四年分ないし同三六年分の各所得税青色申告承認の取消処分をなし、次いで同三七年九月二四日、昭和三四年分ないし同三六年分の原告の所得税につき、後記三の各更正処分(ただし、昭和三五年分に関しては再更正処分。)をなした。

原告は右青色申告承認の取消処分および各更正処分に対し、再調査請求を経て、審査請求をなしたところ、関東信越国税局長は昭和三九年九月一五日、青色申告承認の取消処分に対する審査請求を棄却し、更正処分に対するそれはその一部を取消・変更する後記三の審査決定をなし、原告は同月一六日右の各審査決定の通知書を受領し、右の決定があつたことは知つたものである。

三、右の更正処分およびこれにかかる審査決定の内容は次のとおりである。

(一)  昭和三四年分について、

更正処分 審査決定

(総所得 七三万八、八七三円)

事業所得 一一三万七、七一三円 同 上 七四万九、〇〇二円

(譲渡所得 一万一二九円)

本税 一七万五、五〇〇円 同 上 六万三、五〇〇円

重加算税 七万二、五〇〇円 同 上 一万六、五〇〇円

(二)  昭和三五年分について

再更正処分 審査決定

事業所得 一五一万六、二〇三円 同 上 一一四万七三円

譲渡所得 二八万三、九八三円 同 上 二八万三、九八三円

本税 三六万五、四六〇円 同 上 二五万一、八五〇円

重加算税 一五万五、〇〇〇円 同 上 五万六、五〇〇円

過少申告加算税 一、二五〇円 同 上 五、三五〇円

(三)  昭和三六年分について

更正処分 審査決定

事業所得 二一五万五、三一八円 同 上 一四七万二、五三五円

本税 四四万六、二八〇円 同 上 二一万六、六三〇円

重加算税 二一万五〇〇円 同 上 九万五、五〇〇円

四、しかしながら、被告のなした前記青色申告承認取消処分および前記更正処分は違法であるから前記請求の趣旨のとおりその取消を求める。

第二被告の答弁、主張

被告指定代理人は請求の趣旨に対する答弁として、主文同旨の判決を求め、請求原因に対して次のとおり述べた。

一、請求原因一、ないし三、の事実は全部認めるが、四、の主張は争う。

二、被告のなした本件青色申告承認取消処分および本件各更正処分は次の理由により適法である。

(一)  本件青色申告承認取消処分の理由は以下(1)(2)に記載するとおり昭和三四年分以降の原告備付の帳簿書類につき、所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法、以下同じ。)二六条の三第一〇項に該当する事実があつたので同三四年分に遡つて右処分をなしたものであつて、適法である。

(1) 原告は製造業者であるが、その備付の帳簿書類が昭和三四年分以降所得税法二六条の三第二項による命令(所得税法施行細則(以下「細則」という。)一〇条、一一条、一七条)に準拠していない。すなわち、

〈1〉 細則一一条、別表一、一(イ)あるいは簡易簿記による青色申告者のよるべき簿記の方法および記載事項を定める告示(昭和二八年五月六日国税庁告示四号)別表一、一、1には備付帳簿書類記載事項が定められているが、昭和三四年以降原告においては固定資産に関する事項の記載がない。

〈2〉 取引の記録については細則一〇条によつて所得が正確に計算できるように正規の簿記の原則に従い、整然と、かつ、明りように記録しなければならないのに、原告は昭和三四年分金銭出納帳の一部を書換える行為をしている。

〈3〉 細則一七条によれば同条各号所定の帳簿書類(証拠書類を含む。)を整理し、五年間保存すべきことを規定しているが、原告の再調査請求ならびに審査請求に対する調査において被告係官が原告に対して一切の書類の提示を求めたところ元帳、出納帳、得意先売上帳、得意先別仕入帳(以上いずれも昭和三四年分ないし同三六年分。)および雑記帳(ノートのもの四冊)のみ提示し、それ以外の証拠書類である納品書、領収書(原始記録)は破棄したとの理由で提示がなかつた。なお、右雑記帳のうち原屯選別成績の記録帳の内昭和三四年分および同三五年分の一部を破棄していた。

〈4〉 損益計算書の作成については細則一〇条により記録に基づいて貸借対照表および損益計算書を作成しなければならないが、原告の昭和三六年仕入金額は公表仕入表では二九九万二九七四円であるにもかかわらず、原告の計算では三二三万五四一六円と計算されている。しかも、この金額の算出根拠は不明である。

〈5〉 細則一〇条によれば取引に関係ある資産、負債および資本に影響を及ぼす一切の取引を正規の簿記の原則に従つて記録すべきことを規定しているが、原告名義の群馬銀行新町支店普通預金(一九七号)には次のような取引に関する預入、払出があるにもかかわらず、公表元帳の預金勘定にはその記帳がなされていない。

〈省略〉

(2) 厚告は昭和三四年分から同三六年分にわたつて備付帳簿たる売上帳等帳簿書類にその売上および仕入の一部を故意に記載せず、これを隠ぺいしたものであつて、当該帳簿書類の記載事項全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載がある。すなわち、右のうち売上の具体的事実については後記本件課税処分の根拠に関する主張のとおりであり、また、仕入の点については以下(イ)ないし(ハ)に記載するとおりである。

(イ) 昭和三四年分の仕入金額は二二一万六〇三三円であるにもかかわらず、帳簿書類に二三六万四六四九円と記入したが、右の中には別科目たる薬品代および仕入値引金額が含まれているものである。

(ロ) 昭和三五年分の仕入金額は二四四万三四〇八円であるにもかかわらず、帳簿書類に二三四万五五四八円しか記入せず、これに相当する取引を隠ぺいした。

(ハ) 昭和三六年分の仕入金額は二九九万二九七四円であるにもかかわらず、帳簿書類に三二三万五四一六円と記入した。

ところで、原告が以上のごとく売上、仕入の一部を帳簿書類に記載していないこと、それが単に記載上の過誤によるものでないことは原告の再調査請求における主張および本訴における主張(従前の主張であつて後に撤回したものを含む。)によつても明らかであり、かつこれらの事実は原告が本訴においてもその主張の売上金額の根拠を全く明示しないこと自体によつても認められるところである。

(二)  本件各課税処分の根拠は次のとおりである。

昭和三四年分

総所得金額 八四万八、四九七円

事業所得 八五万八、六二六円

譲渡所得 △一万一二九円

858626円-10129円=848497円

昭和三五年分

総所得金額 一四五万六、五四三円

事業所得 一一七万二、五六〇円

譲渡所得 二八万三、九八三円

1172560円-283983円=1456543円

昭和三六年分

総所得金額 一六七万二、五五八円

事業所得 一六七万二、五五八円

そして、その算出の根拠、具体的数値は別表記載のとおりであるから、本件各更正処分は適法である。(被告が本訴において主張する右はいずれも審査決定において認容した額を超えるものであるが、本訴においては被告はこれを立証するものである。)

(1) 昭和三四年分の所得について

〈1〉 昭和三四年分「利益の部」の売上金額の科目(その内訳は糸、靴下、屑である。)のうち争いのある靴下にかかる売上金額一一一万三六七四円算出根拠は次のとおりである。

右の売上金額は原告が昭和三四年度中に売上をなした靴下の足数は二万八七三八足であるので、これから返品にかかる分を除いたもの(売上足数全体に対する返品割合が六・六パーセントであるので、これから算出したものである。)に平均単価一・四九円を乗じて算出したものである。

(イ) 右の売上足数は、原告が仕入商品(中古靴下)の荷解きをなし、そのうちから直ちに商品(再整靴下)として販売しうるものとそれ以外の解舒の工程を経て再製糸、屑とする外ないものとに選別した際に前者にかかる実際の数量を記録した「諸記録帳」(乙第一号証、同第二号証の一ないし三)に基づくものである。

右乙第二号証の一ないし三は被告担当係官が本件係争年分の所得税の調査にあたり、原告が保管していた諸記録帳に基づきその記帳を区分して書き写したものであるが、右諸記録帳のうち昭和三四年分は全部、同三五年分は一部が抜き取られ、現在は乙第一号証として残されているものである。ちなみに、乙第一号証と同第二号証の三とを照合すれば、両者は一致する。こうして右乙第一号証と同第二号証の一、二から昭和三四年分の売上足数をみると、その内訳は南里分八九四一足、大石分三二九一足、神東分八三二三足、化繊分五六五足、大洋分二八八〇足、進和分一四六五足、内山分三二七三足、合計二万八七三八足である。

(ロ) 前記平均単価の算定は次のとおりである。原告の昭和三四年分の公表売上帳の記載は、

〈省略〉

のとおりであるが、そのうち売上先が国際ナイロン社である分についてはその返品および差引売上の各数量の記載がないので、これを推計するため、まず右の公表売上帳に同社に対する「売上金額」と記載された売上金額をその売上足数で除することによつて得た単価でもつて、売上帳に同社にかかる「返品金額」と記載された返品金額を除して、その返品足数を算出し、次いで同社に対する売上足数から右に算出した返品足数を減じてその差引売上足数を得て総差引売上足数を算出した。そして総差引売上金額(同じく右売上帳の記載による。)を右の差引売上総足数で除して前記平均単価を得たものである。(右の売上帳には売上単価の記載がなく、返品分の単価についてもこれを認めるに足る資料はないので、いずれもこれを均一単価とせざるを得なかつた。)

(ハ) 前記返品割合は原告の売上のうち返品のなされたものは右の売上帳によると前記(ロ)の国際ナイロン社にかかる売上についてのみと認められるので、右(ロ)で得た返品足数を総売上足数(右売上帳の記載による。)で除して前記返品割合を算出したものである。

〈2〉 専従者給与は、前記のとおり青色申告の承認処分を取り消したので、これを損失とすることを否認した。

(2) 昭和三五年分の所得について

〈1〉 同じく争いのある靴下にかかる売上金額一三〇万八三九五円の算出根拠は次のとおりである。

右の売上金額は原告が昭和三五年度中に売上をなした靴下は三万六〇六九足であるので、そのうちから返品割合〇・七パーセントに基づいて算出した返品にかかる分を除いたものに平均単価三六・五三円を乗じてこれを算出したものである。右の返品割合、平均単価の各数値の算出は前記(二)の(1)の〈1〉と同様左記原告の公表売上帳の記載に基づき同様の算出方法によるものであり、同年分の売上足数三万六〇六九足の内訳は、乙第一号証、同第二号証の一ないし三によれば、内山分八三三五足、神東分一万四〇六八足、大洋分六一一四足、堤分七四五二足であり、また同年分の原告の公表売上帳の記載は次のとおりである。

〈省略〉

〈2〉 専従者給与に関しては前記(二)の(1)の〈2〉と同様である。

(3) 昭和三六年分の所得について

〈1〉 同じく争いのある靴下にかかる売上金額一五〇万二四〇七円の算出根拠は次のとおりである。

右の売上金額は原告が昭和三六年度中に売上をなした靴下は三万九三五五足であるので、そのうちから返品割合一二・二パーセントに基づいて算出した返品にかかる分を除いたものに平均単価四三・四八円を乗じてこれを算出したものである。右の返品割合、平均単価の各数値の算出は前記(二)の(1)の〈1〉と同様左記資料に基づき、同様の算出方法によるものであり、同年分の売上足数三万九三五五足の内訳は、乙第一号証、同第二号証の一ないし三によれば、内山分一万一〇〇三足、堤分八二八六足、大洋分二万六六足であり、また同年分の原告の公表売上帳の記載は次のとおりである。

〈省略〉

〈2〉 専従者給与については、先に青色申告承認の取消がなされたので、控除額七万円を認否したものである。

第三原告の認否、反論

原告は、被告の主張に対して次のとおり述べた。

一、被告主張二、(一)(1)の事実のうち、原告が製造業者であることは認める(原告は再製ナイロン糸の製造、販売を業とするものである。)が、原告備付の帳簿書類が主張の細則に準拠していないとの主張は争う。すなわち、

〈1〉  の事実のうち、被告主張の備付帳簿書類に昭和三四年以降固定資産に関する事項の記載がないことは認める。ただし、右の帳簿書類の記載は訴外税理士高木佐太郎が行つたもので、同税理士がその記載を脱漏したものである。

〈2〉  の事実のうち、原告が昭和三四年分金銭出納帳の一部を書き換えたことは否認する。

〈3〉  の事実のうち、原告が被告主張の帳簿書類はこれを提示したことは認める。しかし、被告主張のそれ以外の証拠書類を提出しなかつたことは否認する。他に昭和三四年分以降の納品書、領収書等はすべて保存しており、これらをその際提示した。なお、原屯選別成績の記録帳の一部を破棄したことは否認する。

〈4〉  の事実のうち、昭和三六年仕入金額のうち公表仕入表の記載が被告主張のとおりであることを認める。原告が先に同年の仕入金額として金三二三万五四一六円を主張したのは訴外税理士高木佐太郎が過誤によつて右公表仕入表の金額に他の科目にかかる金額(薬品代、燃料費)を加算したため、原告においてこれを援用したことによるものであるに過ぎない。

〈5〉  の事実のうち、普通預金の記載が被告主張のとおりであること、公表元帳の預金勘定にその記帳がなされていないことは認める。ただし、取引の一部を隠ぺいする意図のあつたことは争う。

二、被告主張二、(一)、(2)の事実のうち、昭和三四年分ないし同三六年分について売上の一部に計上洩れのあることは認めるが、その記載の脱漏にかかる取引の範囲は争う。原告は取引の一部を隠ぺいする意図があつたものではなく、かつ取引の一部を隠ぺいしたものでもない。なお、右の脱漏は本件課税処分の後に補正した。

昭和三四年分ないし同三六年分について原告が仕入の一部を記載しなかつた事実はない。しかし、右各年分にかかる仕入金額が被告主張のとおりであることは認める。なお、従前の原告主張の額が訴外税理士高木佐太郎の過誤によつて算出された額を原告が援用したものに過ぎないことは前記と同様である。

三、仮に被告主張二、(一)の(1)(2)のような帳簿書類の備付の不備、記載の不十分、不適切な点があつたとしても、これらは軽微な過誤に過ぎず、原告にはもとより取引の一部を隠ぺいする意図はなかつたものであるところ、右と同様、同程度の不備等の認められるときは、被告においては青色申告承認の処分を取り消すことは皆無で、「行政指導」によつてその適正を保つように指導しているものである。しかるに、原告に対しては被告は予め行政指導等を行うことなく本件処分にでたもので、これは著しく不当、不公平な処分であり、かつ青色申告制度の趣旨にもとるものであるから、この点においても違法である。

四、被告主張二、(二)の冒頭の事実のうち、本件各課税処分の算出の根拠、具体的数値として主張する別表記載の事実については、昭和三四年分ないし同三六年分のそれぞれの売上金額のうちの靴下にかかる分および「専従者給与」を損失とすることを否認した点を除きその余は各科目、その内訳、その金額共にこれを争わない。

被告主張二、(二)、(1)、〈1〉の事実のうち、昭和三四年分の原告の公表売上帳の記載が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。同年度中に原告が売上をなした靴下にかかる金額は以下に記載するとおり八〇万六九二〇円である。(なお、これのうち、公表売上帳の記載を超えるものないしこれとそごする分は後の調査によつて判明したものである。)

〈省略〉

また、乙第一号証は原告の二男土井正年の作成にかかるものであるが、これに記載の数値で示された靴下のうちには再整靴下となし得ない50デニールのものが含まれており、その余の15デニールのものにあつてもさらに「きず」の数、形状の一致の有無等から後にこれを解舒して再製糸、屑とする外ないものも含まれているものであつて、再整靴下として直ちに販売し得るものを示すものではなく、これが「靴下の売上足数」にあたるものでもない。靴下の売上足数は右の表中該当記載のとおりである。

被告主張二、(二)、(1)、〈2〉の主張は争う。

被告主張二、(二)、(2)、〈1〉の事実のうち、昭和三五年分の原告の公表売上帳の記載が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。同年度中に原告が売上をなした靴下にかかる金額は以下に記載するとおり七七万一七二〇円である。(売上帳の記載とのそごは前記同様後の調査によつて判明したものである。)

〈省略〉

また、靴下の売上足数についても右の表中該当記載のとおりであつて、乙第一号証がこれを表するものでないことは前記同様である。

被告主張二、(二)、(2)、〈2〉の主張は争う。

被告主張二、(二)、(3)、〈1〉の事実のうち、昭和三六年分の原告の公表売上帳の記載が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。同年度中に原告が売上をなした靴下にかかる金額は以下に記載するとおり一一五万六二二七円である。(売上帳の記載とのそごは前記同様後の調査によつて判明したものである。)

〈省略〉

また、靴下の売上足数についても右の表中該当記載のとおりであつて、乙第一号証がこれを表すものでないことは前記同様である。

被告主張二、(二)(3)、〈2〉の主張は争う。

第四証拠関係

原告は、立証として甲第一ないし第九号証を提出し、証人新井音吉の証言および原告本人尋問の結果を採用し、乙第一号証、同第三号証の各成立を認める。同第二号証の一ないし三の各成立は知らない、と述べた。

被告指定代理人は、立証として乙第一号証、同第二号証の一ないし三、同第三号証を提出し、証人吉田義光および同松田金治の各証言の結果を援用し、甲各号証の成立は認める、と述べた。

理由

一、原告主張の請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、本件所得税青色申告承認取消処分が適法であるかどうかの点について被告主張の取消事由該当事実に則して判断する。

(一)  所得税法施行細則の準拠性

(1)  昭和三四年以降の原告備付の帳簿書類に固定資産に関する事項の記載がないことは当事者間に争いがない。そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三四年ないし同三六年当時、現在自己が居住している多野郡新町地内の土地、家屋を所有していたほか、同町地内に約二八〇坪の土地を所有していたこと、同三五年には右約二八〇坪の土地を他に譲渡したこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はないから、青色申告者である原告としては、これらの固定資産について所得税法施行細則一一条、別表一、一、(イ)ないし簡易簿記による青色申告者のよるべき簿記の方法および記載事項を定める告示(昭和二八年五月六日国税庁告示第四号)別表一、一、1所定の事項を記載しなければならなかつたことは明らかである。従つて、右記載のない原告備付帳簿書類が右規定に準拠していないことは疑いがない。なお、原告は右記載の脱漏は自己の税理士がなしたものである旨主張するが、仮にそうであつたとしても右規定に準拠していないことには変りがない。

(2)  原告が昭和三四年分金銭出納帳の一部を書換える行為をなしたとの点は、本件全証拠によるもこれを認めるに足る証拠がない。

(3)  成立に争いない乙第三号証および証人松田金治の証言によれば、昭和三八年一一月二〇日当時において、原告のもとには同三四年分ないし同三六年分にかかる元帳、出納帳、得意先別売上帳、得意先別仕入帳ならびに雑記帳(ノートのもの)四冊だけが保存されていたが、それ以外の証拠書類たる納品書および領収書はすでに破棄されて保存されていなかつたことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして、原告が右の各帳簿書類を相手方に交付し、これを所持しない特段の事情も見い出せないから、原告は昭和三四年分ないし同三六年分の納品書および領収書につき、所得税法施行細則一七条所定の整理、保存義務に違背し、同条に準拠していなかつたものと判断される。

(4)  原告の昭和三六年分公表仕入表中の仕入金額の記載が二九九万二九七四円であることについては当事者間に争いがない。また、本訴において当初、原告が同年分の仕入金額を三二三万五四一六円と計算していたことも一件記録により明らかである。しかしながら、以上の事実から、貸借対照表も損益計算書も証拠として提出されていない本件において、直ちに「記録に基づいて貸借対照表および損益計算書を作成しなければならない」旨規定する所得税法施行細則一〇条に違背するものと認定することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(5)  原告名義の群馬銀行新町支店普通預金(一九七号)に被告主張のごとき預入、払出があること、原告公表元帳の預金勘定にその記帳がなされていないことは当事者間に争いがない。ところで、所得税法施行細則一〇条によれば、事業にかかる資産、負債および資本に影響を及ぼす一切の取引を正規の簿記の原則に従つて記録すべきことを規定しているところ、右の「一切の取引」とは同細則一一条所定の取引に関する記載事項を指称するが前記簡易簿記による青色申告者の場合には前記国税庁告示第四号所定の記載事項によれば足りることは明らかである。そして、当座預金の預入、引出に関する事項は別表一、一、(イ)により明らかなとおり同細則一一条所定の取引に関する記載事項には含まれているが、前記簡易簿記による場合には右の記載は省略されているところ、被告において原告が簡易簿記による青色申告者でないことの主張、立証をなさないから、未だ被告主張の預入、払出の記載がないことが同細則一〇条に違背すると認定することはできない。(却つて被告主張中には原告が簡易簿記によりうることを前提とした部分が含まれている。)

(二)  不実の記載の有無

(1)  売上について

昭和三四年分ないし同三六年分の原告備付の公表売上帳の記載内容が被告主張のとおり(第二、二、(二)、(1)ないし(3)の各〈1〉)であることは当事者間に争いがない。そして、右公表売上帳の靴下にかかる売上金額の記載によれば、昭和三四年分は六九万二〇三〇円、同三五年分は六七万八八八三円、同三六年分は一一五万四五九〇円であるところ、原告は右各年分順にそれぞれ実際の売上金額は、八〇万六九二〇円、七七万一七二〇円、一一五万六二二七円であるとしてその各差額の限度で売上帳の記載洩れのあつたことを争わない。(なお、同三五年分については同売上帳に記載のない小島商店との間の取引分の計上洩れを自認する。)

しかし、同売上帳の記載洩れは後記認定のとおり右の差額に止まらず、各年分において多額に亘つていることが認められる。そして、証人吉田義光および同松田金治の各証言によれば、本件係争年分にかかる原告備付の売上帳の記載と納品書控に記載されている日付、金額の記載とが一致していないこと、納品書には別口分と記載された不明な分があつたこと、同売上帳には「追加分」として後から書き足した不自然な跡があつたこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はないこと、前記認定のとおり原告は納品書、領収書等の証拠書類を保存義務期間内に破棄したこと、原告は後記認定のとおり被告担当係官が原告保管の原屯選別成績の記録帳(乙第一号証)を本件所得税調査の必要上他に転写した事情を知悉していたが後日右記録帳の一部が抜き取られあるいは貼りかえられており、これらのことを原告が了知していたことが窺えること、等の事情を併せ考えると、前記多額の取引の記載洩れは原告主張のごとき単なる記載上の過誤であつたとは到底認められず、当該売上帳の記載全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があると認められる相当の事由があるものと判断される。

(2)  仕入について

昭和三四年分ないし同三六年分の仕入金額が被告主張のとおりであり、原告が右金額と異なる金額を本件確定申告において申告したことは当事者間に争いがない。もつとも、原告は本訴訟において当初仕入金額は確定申告額と同じであると主張をなしたが、後にこれを撤回したことは一件記録上明らかである。

そして、昭和三四年分の仕入については原告は薬品代を加算したことを自認しているから、同年分の原告帳簿書類には実際の仕入金額を上廻る二三六万四六四九円と記入されていたことが推認されるが、同三五年分および同三六年分の仕入については、前記争いのない事実および原告の弁論態度から直ちに原告の仕入帳等の帳簿書類にも従前の原告主張額がそのまま記載されていたものとは認めることができないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(三)  以上認定の(一)、(1)(3)のとおり昭和三四年分ないし同三六年分における原告備付帳簿書類は所得税法二六条の三第二項に基づく命令(同法施行細則一一条、一七条)に準拠していないものと認められ、また同(二)、(1)のとおり同年間分の原告備付売上帳につき、多額の取引の記載洩れがあり、その記載全休についてその真実性を疑うに足りる不実の事実があると認められる相当の事由があるものと判断されるところ、原告のこれらの行為は原告主張のごとき軽微な過誤に止まらず青色申告制度の本来の生命である真実性と信頼性を根底から失わしめるに等しいものであるから、行政指導の限界を超え、所得税法二六条の三第一〇項所定の青色申告承認処分の取消事由に該当するというべきである。

よつて、被告が右取消事由に該当する事実のあつた昭和三四年分に遡つてなした本件所得税青色申告承認取消処分は適法であり、取消権の濫用は認められない。

三  次に、本件各更正処分が適法であるかどうかの点について判断する。

本件各課税処分の根拠、具体的数値について被告の主張する別表記載事実については昭和三四年分ないし同三六年分のそれぞれの売上金額のうち靴下にかかる分および「専従者給与」を損失とすることを否認した点以外の点は当事者間に争いがない。

(一)  昭和三四年分ないし同三六年分の靴下にかかる売上金額について

被告は本件各係争年分の靴下にかかる売上金額算出の根拠として(1)諸記録帳(乙第一号証、同第二号証の一ないし三)に基づき「靴下の売上足数」を、(2)原告公表売上帳に基づき「平均単価」および「返品割合」をそれぞれ算出するので、これらの方法が適法であるかどうかの点を以下順次検討する。

(1)  靴下の売上足数

成立に争いない乙第一号証、証人吉田義光の証言により各成立の認められる同第二号証の一ないし三、同証人の証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、昭和三七年七月ごろ、藤岡税務署所得税係員訴外吉田義光が原告方に赴いて本件各係争年分にかかる所得税の調査をなした際、原告作成にかかるノート利用の諸記録帳を認めたので、同調査の必要上これを仕入先ごとに区分して転写し、乙第二号証の一ないし三を作成したこと、前記諸記録帳には昭和三四年ないし同三六年分の記録が記載れていたが、後日、そのうち同三四年分の全部および同三五年分の一部の記録が抜き取られ、あるいは貼りかえられて現在乙第一号証として残されていること、右残存する乙第一号証の本件係争年分にかかる記載内容と右乙第二号証の一、三の各記載内容とは右残存する範囲で各取引ごとに数字が一致すること、がそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はその余の前掲各証拠に照して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、証人新井音吉の証言および原告本人尋問の結果を総合すると、原告はアメリカからの輸入品であるナイロン製婦人用中古靴下の梱包を貿易商から仕入れてこれを荷解し、そのうちから直ちに商品(再整靴下)として販売しうるものとそれ以外の、解舒して再製糸および屑として出荷せざるを得ないものとに選別し、然る後それぞれに必要な加工、製造をなしてこれらを販売する「再製糸業」を営んでいたものであること、原告の事業にあつては、梱包から最終的に直ちに商品として販売しうる再整靴下を選別するには、いわゆる「あら選別」、「なか選別」、「仕上げ選別」の工程を経てなされていたこと、最終的に「仕上げ選別」が完了した結果得られる直ちに商品として販売しうる再整靴下の数量は「あら選別」の際に選別された靴下の数量よりも可成り減少すること、原告は右各選別の作業を四、五人の者になさしめており、肉眼によつて選別する「あら選別」をなすのに要する期間は靴下の荷口六〇〇ポンド口で二、三日ぐらいに過ぎず、その後の針金とおし、サイズ合せ、ゲージ合せ等の「なか選別」および「仕上げ選別」が完了するのに要する期間は「あら選別」に要する期間の倍ぐらいであつたこと、荷口千ポンド口からは概ね七・八〇〇足ないし、一二〇〇足ぐらいの再整商品として販売しうる靴下を選別し得たことが、それぞれ認められ、右認定事実と前記乙第一号証、同第二号証の一ないし三の各記載とを併せ考え、さらに前記認定のとおり「あら選別」の結果と「仕上げ選別」の結果とでは可成り靴下の足数に変動があることから、「あら選別」の結果を記録することは記録としての合理性や実益に乏しいと考えられること、乙第一号証中の一部が抜き取られあるいは貼りかえられたのは、同乙号証が前記認定のとおり原告において作成し、保管していたのであるから、原告了知のもとになされた所為に起因すると推認されること、等の事情を総合すれば、前記乙第一号証、同第二号証の一ないし三の記載内容は、荷解した梱包靴下の選別成績につき、仕入先、輸入先、荷口、「あら選別」に着手した日と「仕上げ選別」の終了した日、「仕上げ選別」の結果得られた再整商品となしうる靴下の数量等を記録したものと認めるのが相当であり、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠ならびに前記認定事実に照して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そして、前記認定のとおり乙第一号証の記載と同第二号証の一、三の各記載内容が一致しているから、抜き取られ、或いは貼りかえられて照合しえない昭和三四年分および同三五年分の一部に関する乙第二号証の一、二の記載も正確に転写されたものと推認するのが相当である。

よつて、諸記録帳(乙第一号証、同第二号証の一ないし三)に基づいて本件各係争年分の靴下にかかる売上足数を算定することは適法であるというべく、これによると被告主張のとおり、昭和三四年分は二万八七三八足、同三五年分は三万六〇六九足、同三六年分は三万九三五五足であることが明らかである。

(2)  平均単価および返品割合

被告主張の本件各係争年分の原告公表売上帳の記載については当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨によれば、靴下の単価および返品割合は各靴下、各取引によつて異るものであることが認められるところ、原告において真実性、信頼性を失わしめる所為があることは前記認定のとおりであり、また証人吉田義光の証言および原告本人尋問の結果によれば原告の売上先は露店商が多く、これを調査することは困難な状況にあることが認められるから、被告としては売上靴下の売上単価、返品足数の具体的に正確な数値は知り得ないから推計によりこれらを算出するほかなく、止むを得ないものと認められる。そして、被告は昭和三七年九月一〇日、同三四年分に遡つて原告の所得税青色申告承認の取消処分をなしたから、同三四年分以後に原告が提出した青色申告書は青色申告書以外の(白色)申告書とみなされることになつたので、原告に対して更正処分をなすため、所得金額および損失金額を合理的な推計によつて算出することが許容されることは明らかである。

そこで、靴下の売上足数に対する平均単価および返品割合を推計するものとして被告の主張する算出方法を検討するに、同算出方法は、原告公表の売上帳に基づくものであり、算出のため被告が同売上帳から抽出する各数値が合理的であると認められるうえに、右推計によつて得られる平均単価および返品割合は原告本人尋問の結果にもそうものであるから、いずれも適法であるというべきである。そして、これによると昭和三四年分の平均単価は四一・四九円、返品割合は六・六パーセント、同三五年分の平均単価は三六・五三円、返品割合は〇・七パーセント、同三六年分の平均単価は四三・四八円、返品割合は一二・二パーセントであることは計算上明らかである。

よつて、右売上靴下足数から返品割合にもとづいて算出した返品足数を除して得られる靴下足数に平均単価を乗じて各年分の靴下売上金額を計算すると、昭和三四年分は一一一万三六七四円、同三五年分は一三〇万八三九五円、同三六年分は一五〇万二四〇七円となることは明らかである。

(二)  昭和三四年分ないし同三六年分の専従者給与について

昭和三四年分および同三五年分の専従者控除については、当時効力を有していた所得税法一一条の二によれば、事業所得の金額の計算上、青色申告者の経営する事業の専従者の受ける給与についてのみ必要経費に算入することとし、青色申告者以外の(白色)申告者については必要経費に算入しない旨規定されていたことは明らかであるところ、前記青色申告承認取消処分の結果原告が提出した昭和三四年分以後の青色申告書は青色申告書以外の(白色)申告書とみなされることになるから、右各年分の事業専従者控除を否認した被告の処分は適法である。

昭和三六年分の専従者控除については、従前の所得税法の改正がなされ、改正後の所得税法一一条の二では青色申告者以外の事業専従者に対しても一定の金額を控除する旨規定されるようになつたことは明らかであるから、原告は青色申告承認取消処分の結果、同法一一条の二第二項の青色専従者給与額の控除は求め得ないが、同条の二第三項一号によつて七万円(原告本人尋問の結果によれば、原告方における当時の事業専従者は原告二男の訴外土井正年一人であることが認められるから、一人に一を加えた数で昭和三六年分の事業専従者控除額を控除しない事業所得金額一七四万二五五八円を除すれば、七万円よりも多額が算出されることは計算上明白であるから、同条項二号にはより得ない。)を事業所得の計算上控除することとなる。そして、被告は同年分の原告の事業専従者控除額として七万円を控除することを認めているから、これまた適法である。

(三)  よつて、以上認定の靴下売上金および事業専従者控除額と当事者間に争いのない被告主張の別表記載のその余の利益、損失額を前提として計算すれば、各年分の事業所得は昭和三四年分は八五万八六二六円、同三五年分は一一七万二五六〇円、同三六年分は一六七万二五五八円であることは明らかであり、また、原告は被告の主張する昭和三四年分および同三五年分の譲渡所得額について明らかに争わないから右主張事実を自白したものとみなすべく、以上の事業所得および譲渡所得に基づく各年分の総所得金額は昭和三四年分は八四万八四九七円、同三五年分は一四五万六五四三円、同三六年分は一六七万二五五八円であることが計算上明らかである。

そうすれば、被告のなした本件各更正処分(ただし、昭和三五年分は再更正処分)はいずれも右認定の範囲内であるから、結局適法というべきである。

三、よつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安井章 裁判官 松村利教 裁判官 大田黒昔生)

○ 昭和三四年分 ○印相違箇所

〈省略〉

○昭和三五年分 ○印相違箇所

〈省略〉

○昭和三六年分 ○印相違箇所

〈省略〉

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